目次ページに戻る
 『ゴッドファーザー PartV』  [1991.9]

 

 『ゴッドファーザー』は、1972年にパート1が上映され、1974年にパート2が上映された。パート3はそれから20年近い歳月を隔てて世に現れた。フィクションの世界の中で、コルレオーネ・ファミリーは丸々ふたつの世代を経過する。20世紀初頭のイタリア移民の物語から1979年の巨大シンジケートの物語へと展開した壮大なファミリー・ヒストリーである。これだけの時間の堆積を物語として見透すのに、観客はたしかに数時間の時間だけであっても、十分に想像の世界で感情移入はなされるであろう。しかし、われわれはすでにパート1から20年近い歳月を自分自身の内に堆積してしまっている。80年のファミリー・ヒストリーを見透すのに、20年という歳月を要したというこの映画は、時間の物語に不思議な立体感を与えることとなったように思われる。それはいわば、複眼をもつことによって空間的な立体感が可能となるのと似たような効果が、映画の時間の流れにもたらされたようなものである。

 

 『ゴッドファーザー』のパート1は、第二次大戦直後のアメリカの全盛時代の雰囲気の中での古典的なマフィアの抗争の中に、コルレオーネ・ファミリーの家族の物語を描いたものであった。そのラスト・シーンは、若きドンとなったマイケル・コルレオーネ(アル・パチーノ)の冷徹さがコルレオーネ・ファミリーの強大化を明確に示していたと同時に、妻ケイ・アダムス(ダイアン・キートン)にたいして閉じられたドアによって、二人の間を隔てる運命が暗示されてもいたのである。この二面的なラストシーンは、パート2ではそのまま全面化していった。マイケルは抗争の中でケイの信頼を失い、ついに別れることとなり、またファミリーの防衛と拡大のために、とうとう実兄でビトー・コルレオーネの次男であったフレドーをも暗殺してしまうに至った。組織は繁栄していったが、マイケル自身には猛烈な孤独の影が襲うというラスト・シーンであった。それはパクス・アメリカーナのかげりを暗示するという映画的手法でもあった。寛容で人徳のあった父ビトーの生い立ちからドンとなってゆくまでの姿と、組織防衛のためにはどこまでも冷酷なマイケルの姿が重ね合わせて描かれることによって、20世紀前半の“古き良きアメリカ”と1950年代の黄金時代の中にも没落の影が見え始めたアメリカが対照されていたわけである。

 

 パート2から現実の世界では17年の歳月が流れていたが、映画の世界の中でも20年の歳月が流れ、時代は1979年となっていた。もはやコルレオーネ・ファミリーはたんなるマフィアにとどまらず、巨大な合法組織を発展させていた。マイケルの望みはあくまでも父ビトー(マーロン・ブランド/ロバート・デ・ニーロ)の悲願でもあった表の世界での成就である。イタリア移民の流れであるコルレオーネ・ファミリーはローマ・カトリックすなわちバチカンに巨額の寄付を行い、マイケルはカトリック教会から聖セバスチャンに叙勲された。それを祝う盛大な祝賀パーティがパート3の始まりである。

 

 『ゴッド・ファーザー』シリーズは、大河ドラマ的なファミリー・ヒストリーである。イタリア移民であった青年ビトーが新世界アメリカで生き抜くためにマフィアに巻き込まれ、自らドンとなって行き、そして表の世界での栄達を跡継ぎのマイケルに託して大往生してゆく。そしてマイケルはその遺志を継ぐべく死闘を演じ、バチカン中枢にまで迫るが、ついに失意のうちに死んで行くのである。

 

 パート1の開幕が妹コニーの結婚パーティであり、その結婚相手のカルロが敵と内通して長男ソニーを殺害した。そのカルロはのちにマイケルに殺される。そのためコニーはマイケルを恨み、パート2では荒れた生活を送ることとなる。だが、パート3ではこのコニーはうってかわって、むしろ老いて弱気になりがちのマイケルを激励してみずからファミリーのためには手を汚すことも辞さない存在に変貌している。そして、自分のために殺されたソニーの私生児ビンセントをファミリーの後継者としてマイケルに推薦してゆくのも彼女なのである。パート3の開幕はマイケルの叙勲祝賀パーティであるが、そこではフランク・シナトラとおぼしきジョニー・フォンテーンが祝いに駆け付け一曲披露するというシーンが、まったくパート1とパラレルに描かれている。そしてパート1の開幕のパーティでは主役であったコニーの誘いで、あのパーティの密会でソニーの情事の相手であったルーシー・マンシーニとの間の遺児であるビンセントが、招待状なしに登場するのである。そして、それがパート3の抗争劇の予兆でもあったのだ。このように、3部作は意識的に因縁話を構築している。だが、それはけっして前面には表されてはいない。原作と映画とその間隙を補助線で結ぶことによってのみ出てくる筋書で、いわばおまけのようなあぶり出しということなのである。

 

 そこで、いささか『ゴッドファーザー』こぼれ話しも書き留めておこう。

 

 『ゴッドファーザー』のパート1と、パート2のビトー・コルレオーネの若き日々を描いた部分には原作がある。マリオ・プーヅォの1969年出版の大ベストセラーである。その翻訳は映画がアメリカで撮影されている最中に早川書房から出されたものであった。パート2の残りの部分とパート3には原作はないがマリオ・プーヅォが原案・脚本にかかわっている。原作ではむしろ詳しすぎるくらい懇切丁寧に説明されている事柄が、映画では何やら謎めいたシーンとして描かれている所が多い。そこがまたこの映画の荘重な魅力を醸しているのでもあるが。

 

 パート3で活躍するビンセント・マンシーニ(アンディ・ガルシア)は長男ソニー・コルレオーネ(ジェームズ・カーン)の私生児である。母親はルーシー・マンシーニという。彼女は、パート1でソニーが冒頭の妹コニー(タリア・シャイア)の結婚パーティのときにソニーと情事を営んでいたあの女性である。このことは映画ではまったく分からないが、原作ではこのルーシーもかなり活躍する場面があって重要な登場人物の一人であった。もっとも、原作のほうでは、ソニーの死後、医師と結ばれ、この医師のアドバイスが喉をダメにしたフランク・シナトラとおぼしきジョニー・フォンテーンの歌手復帰を励ますこととなる、といった筋書で、ソニーとの間に子供ができていたなどという話はなかったのであるが(それどころか、ソニー暗殺後、自殺未遂をした彼女を見舞った義弟で弁護士のトム・ヘーゲンが、妊娠してはいないか確認して、ノーと答えるシーンまで原作には存在しているのである)。

 

 また、シチリアのドン・トマシーノという老人は、パート1でマイケルがシチリアに潜伏していたときにかくまってくれたドンである。劇場用パンフレットにはマイケルの最初の妻アポロニアの父と書いてあるが、それは映画パート1によっても誤りである。

 

 パート3の最後のジェノサイド(虐殺)のシーンで、バチカンに潜入して大司教を暗殺したマイケルの部下はアルベルト・ネッリという。彼についても映画ではよく分からないが、パート1,2,3のすべてにちゃんと登場している『ゴッドファーザー』のレギュラー・メンバーなのだ。パート1では、終盤の一斉殺戮のシーンで、階段から降りてくるドン・バルツィーニを暗殺した警官姿の男であり、パート2ではマイケルの腹心として至るところに物静かに登場している。原作の方ではイタリア系の元警官で、真面目だが取締りのやり方が手荒過ぎてクビになったところをマイケルにスカウトされ、「父ビトーにおけるルカ・ブラージ」となることを期待されていたのである。ルカ・ブラージとはもちろんあの見るからに恐ろしいドン・ビトー直属の殺し屋である。

 

 映画と原作で決定的に違うのはマイケルの性格であろう。原作ではマイケルはとてもよく父親に似ているとされているのに対して、映画では度量のどうしても父親に及ばないエディプス・コンプレックスに悩む二世として描かれている。パート2では妻を追い出し、敵ハイマン・ロスを過剰に執念深く殺し、義兄弟の相談役トム・ヘーゲンを遠ざけ、ついには次兄フレドーを殺害してしまって自らを孤独に追い込んで行く。パート3では引退の決意によるケイ・アダムスとの和解も束の間、恩人ドン・トマシーノの暗殺で破られ、枢機卿すぐのちの法王ヨハネ・パウロ一世への懺悔も空しく法王は暗殺され、「我が子の命に懸けて」神に誓った言葉どおりに娘メアリーはマイケルを狙った銃弾に倒れてしまい、すべてに絶望して廃人のようにしてマイケルは死んで行く。しかも、父ビトーの大往生の際には幼い孫がその死を看取ったのに対して、風塵が舞い立つ中でマイケルの死を看取ったのは一匹の犬だけであった。やや均衡を失しているのではないかと思われるほどのマイケル・コルレオーネへの虐待ぶりが、原作と映画との大きな違いである。

 

 『ゴッドファーザー』シリーズはまた、アル・パチーノの演じるマイケル・コルレオーネとダイアン・キートンの演じるケイ・アダムスとの間の学生時代から老年に至るまでの不幸な愛の物語である。ケイ・アダムスとマイケルとの悲恋はとても物悲しい。ダイアン・キートンの演じるケイ・アダムスとの成さぬ恋と愛情、想念のうちに《死》を迎えたアル・パチーノのマイケルはあまりにも寂しい。このあまりに寂しいラストシーンに、観客それぞれの20年間がダブって、そして、『セルピコ』や『狼たちの午後』のアル・パチーノと、『ミスター・グッド・バーを探して』や『アニー・ホール』のダイアン・キートンの、1970年代の青春と栄光が去来して、ついでに70年代と80年代の激動の世界史的変動を連想して、・・・・そしてなにを思えばいいのだろうか。

目次ページに戻る

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送